完璧を目指しても意味ないよ

以前お茶のお稽古のときに、基本のお点前(運びの薄茶)を講師の方に何度も注意された次の週に棚のお稽古が始まったので、「運びの薄茶を完璧にしてから次のお稽古に移りたい」と講師の方に言ったことがあります。

小さい頃のピアノや塾などの習い事では課題をきちんとこなしてから次の課題に行っていたので、お茶のお稽古でも一つずつ順を追って進めたい気持ちがあったんですね。

ただ、そういったら講師の方は笑って「そんなこと言ったらいつまで経っても次に行けないわよ。お点前の季節が変わる方が先だわ。」とおっしゃっていました。

私は割と優等生思考というか、完璧主義が強い性格だったので、講師の言葉にひっかかるものがあったのですが、よくよく考えるとまあその通りだよなと思うようになりました。

例えば基本の動作である帛紗捌きにしても、最初は手を動かすだけで精一杯、覚えるだけで精一杯だったのですが、動きに慣れてくると捌いた後の帛紗の形が綺麗じゃないとか、茶杓を清めるときに帛紗の端と端が合っていないとか、細かいことが気になってきて、これじゃいつまで経っても同じところで足踏みだわと気づかされました。

そして、私がたとえ完璧なお点前ができたと満足していたとしても、おそらく講師の方からみれば直す箇所なんてたくさんあるんだろうな、と思います。

着物にしても、とりあえず着られるようになって満足していたら、もっと着物姿が綺麗に見える方法を教えてもらい、まだまだやれることはたくさんあるなと終わりがないなと感じることばかりです。

なので最近は過去の自分の抱えていた完璧主義って大したことないやって手放すことができてきたように思います。

完璧じゃないままで進んでいい、今の自分のままで進んでいいんだって思えるようになって、お茶の講師や着付けの先生、他にも憧れるママ友さんや夫にものを尋ねるのが気負いなくできるようにりましたよ。

できなくってもいいしわからなくったっていい、でも上手くなりたい、もっと知りたいと行動していると周りも何かと教えてくれるし助けてくれる。

ああ、自分が思ってるより世界は優しいな〜としみじみ感じる瞬間がとても増えました。

もえ

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